飼い慣らされたROCK!

ハチャメチャな魂の叫びで良いじゃない。

日の朝日新聞の記事に、高校生のアマチュアROCKバンドの記事があって、色々と考えさせられたというか、ただの昔話になるかも知れない。また、私というオッサンの、根拠も希薄な話しなので、覚悟してください。

術っていうやつは、きっといつの時代でもその人の魂からほとばしったエネルギーの塊で、いろんな表現方法があるけど、その中から世の中が受け入れた物の名称のような気がする。


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って、いつの世でも新しい表現方法は既存の芸術と表面上は激しく対立する。仮に、新しい表現方法のルーツがそれまでの芸術の流れをくむ物であっても。そうだとすると、electric guitarもrock’n’rollもROCKもその時代を映し出す新たな表現方法だった筈で、既存の社会とは摩擦を起こしている。だって、エレキ持ってるだけで不良ってレッテルですから。また、そこから発せられる新たなカルチャーにも弾圧が始まる。ヒッピー文化に端を発する男性の長髪は戦争への抵抗であったはずだし、そこから反体制のシンボルであったのではないかと思う。

は、ビートルズで音楽に目覚め、ピンクフロイドとキングクリムゾンに衝撃を受け、結果的にDeep Purpleにはまってバンドを少しだけやっていた。長髪を注意されても切らず踵の高い靴にベルボトムのジーンズをはき、女物のセカンドバックを持って歩いていた。それら全てが、世の中に対する抵抗、大人へなるための抵抗であったような気がする。

ころが、ビートルズは教科書に載り、高校野球のようにROCKも全国大会が開かれるようになり、軽音楽部は不良や問題児の集まりではなくなり、顧問がきっちりついて運動部のような上部組織まで出来て、練習も専門学校が出張してやってくれるという体たらくぶり。ROCKは、どこに行ってしまったんだ。

かし、最初の記事の高校生のバンドは、こんな飼い慣らされた環境の中でも、大人達にむやみに迎合することなく、魂の叫びをROCKにのっけている。正直、格好いいと思うし、ちょっぴり眩しい。

田裕也じゃないけど、いつまでもrock’n’rollって言っていられるクソオヤジでいたいし、それを引き継ぐであろう高校生の記事に勇気づけられたというお話し。まあ、どうでも良いですよね。

おっさんズ チョイス



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