『定年バカ』という本を読んだ。

結果、安心した。→なるようになるさ

1年で定年を迎える私。定年後は、何千万円資産が必要だとか、仕事関係以外の人間関係構築した方が良いとか、趣味を持ちなさいとか、とにかく色々なことが喧伝されている。それに対して、ちょっぴり焦りつつも、何言ってやがるという気持ちも強かった。

の本は、まさに、これまでの定年後に向けての様々な~しなくてはいけないというようなべき論への強力なアンチテーゼ。本当に心強い。定年バカに惑わされるなとして、バカを・お金に焦るバカ・生きがいに焦るバカ・健康バカ・社交バカ・定年不安バカ・未練バカ・就活バカに分類されて、それぞれのいわば虚しさを説いている。ヤッター、我が意を得たりとはこのことだって喜んでます。おっさん。


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い時はイソップ寓話のありとキリギリスのありよろしく、25歳から積立年金保険に入りコツコツと堅実に人生を歩むはずでした。ところが、何の不自由も無く育った一人っ子、給料は全て自分の為に使い、楽しく生活をしていました。結婚しても、二馬力だった事もあり、(恐ろしいことに、定年間際の今より25年ほど前の共稼ぎの時の年収の方が高い)多少窮屈にはなりましたが、決まったお金を家計として支出しなければならないものの、余裕がありました。しかし、妻が癌に侵され、治療時が嵩むと、積み立て年金保険をはじめ、多少の蓄えは全て放出。無くなってしまってからは、世帯収入激減。

通なら、ここで真っ当な生活に戻るところですが、何だコツコツやったってやらなくたって、死んだらおしまい。妻は20年以上年金納めたけど、結局それはパア。全てが馬鹿馬鹿しくなり、いざとなったら親の遺した不動産処分すれば帳尻合うでしょうと生活してきました。まさに、究極のキリギリス状態。


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うせ、身体が自由に動くのは、あと10年ほど。だったらそれまでに資産全部使い切ってやれ。子どもは、もう社会人なんだから何とかしろ。学費は出してやった、ということで現在住宅ローンに匹敵する借金があり、世の中の~すべき定年なんて全く受け入れられる状況に無いときに、この本に出会い、喜んでいるというわけです。

終的には、家が無くなっても年金の範囲で暮らせばいい。生きがいなんて、わざわざ探してまで作るもんじゃ無い。歳をとっら、健康でいられるわけが無いと諦観すればいい、ただでさえ年賀状も止めてヒトの断捨離してるのに、社交なんてくそ食らえ、どんなに不安に思ったところで、全てには対処できないのだからなるようになるだけと考える。いいよ、もう仕事は。だから、仕事していたときの属性なんて私には関係ない。死ぬときは死ぬ。棺桶どうしようなんて、残ったヒトが考えればいいのさ。とまあ、合点しているわけです。


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だ、おわかりになると思いますが、最大のパラドックスが…. 現状が不安だからこの『定年バカ』を読んでしまった訳で、本当にどうにかなるさと思っているのなら読まないだろうということ。あーあ、やっちまったな。










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