ヒトは「いじめ」をやめられない を読んだ

やっぱりという感想が強い

 


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っさん、小学校高学年から中学校時代は、いじめられっ子でした。おそらく周りからすると、全くもっていじめたくなるタイプだったと今は思えます。運動が出来ず、色が白く腕力も無く、そのくせ生意気な口をきいて周囲をいらだたせ、みんなが右だといってもうんと言わず、その上小学校の時は太っていた。追い打ちをかける様に、両親は小学校の教員。この本を読むと、いじめられる要因と環境の全てが揃っていることになり、むしろいじめられなかったことの方が不自然な気さえする。

々から、自分の体験は抜きにしても、いじめや差別等は人間に備わった性質なり本能であって、これが無くなることは無い。もし、ヒトの生存にとって不利なのなら、自然淘汰されているはずだと思っていました。病気のヒトが目の前にいて、しかも容姿が刻々と変わるような病気なら、原因と治療法が解らなければその人を遠ざけるのは当然だと思いませんか? また、発症が完全で無くとも、その兆候があれば遠ざけられる。だって、そうしなければ自分の生存が脅かされるのだから。これは、集団にも当てはまり、そういう人々がムラから排除されることで、ムラは保たれている。これが現実でしょう。


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っ、間違いなきように書いておきますが、いじめや差別・排除の理論は人間に備わった性質だから仕方が無いと言いたいわけではありません。人間には、他の動物より発達した前頭葉がある。事実は事実と捉えた上で、どう生きていくのが良いのか考えるのが良いにではないかと思うのです。

を読んでいただければ解りますが、いくら道徳的観点や倫理的観点からいじめはダメだと言っても無くなりません。そうすべき理由が解消されていない以上、いつまでも続きますし、逆に言うといじめがダメといえば言うほど表面的には解らないように深化し、いじめられているヒトは、のっぴきならぬ状態になります。これまた、現実です。


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って、ヒトは「いじめ」を止められない ということに立脚してこそ、いじめに対抗しえるのだと考えられます。ここのところ、長年おっさんが思ってきたことと完全一致。しかも、その理由がしっかりと脳科学的に、あるいは脳内伝達物質やホルモンの働きとして明らかになっています。

ので、読み終わっての感想。『やっぱりだ! スッキリした。』でした。

くの方がこの本を読んで、いじめや差別・排除をする存在としてのヒトに向き合ってくれたら、世の中過ごしやすいなと強く思います。ちなみに、最後の章にはいじめを引き起こさないための処し方にも脳科学的に言及されています。ただし、今、いじめの渦中にある人にとっては、あまり現実的は本では無いかも知れませんので、悪しからず。










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