生きるってなんなんでしょうね?

先日の銀行での自分の『老害』疑惑から考えてしまいました。

世とか神の意志とかがあるのかは分かりませんが、自分から、生まれてこようとか生きようという意思を持ってこの世の中に存在しているわけではありません。


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命が存在している理由は、ただ、自分と同じ遺伝子を残すことだ。自分の遺伝子を広めるためだと聞いたことがありますし、本源的なところでは、全面的にそう思っています。
ですから、その生命の営みの中で自分が存在しているのだという事は理解出来ます。でも、厄介なのは、そのままを受け入れるというか考えることもなく、飲んで食べて排泄して睡眠を取って性欲を満たす事に全力を挙げる他の動物と同じというわけでは無いことです。

うなんです、ヒトって、考えてしまうんです。それこそが、ヒトの本質ともいえるのでしょうが、理由が分からないと困ってしまいます。仕方が無いから、風が吹くのは風神様のせいとかにしてきたわけですよね。

生きるってなんなんでしょうね?」に関する、生物的な解答は、上記の中で語られるのだと思います。すなわち、子孫を残す行動だと。


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かに、結婚しない人、子供がいない人、その他諸々のご事情や理由で自分の遺伝子を直接的に残されていない方もたくさんおられます。そうした方々が「生きて」いらっしゃるのが無意味なことかというと、当然ながらそんな事は全然無くて、本人の意思とか意識には無関係に、結果としてヒトとしての種を残すために貢献されていることになります。

っさんは、細々ですが、子供が二人いることで、遺伝子は残したことになります

も、ヒトが言う「生きるってなんなんでしょうね?」に関する解答は、きっとそういう事では無いのだと思っています。

供達たちは、もう20台半ばですので、親の庇護からも抜け出しています。まあ、孫が出来れば、その庇護という役割も生じるのかも知れませんが、現在、私が生物学的に生きている意味はあるのでしょうか? むしろ、経済的な負担等を考えたときには、、存在しない方が良いのではないかとか、ふと考えてしまいます。

えて、極端な恐いことを書きますが、例えば定年制ではなくて、定命制というのを定めて、65歳になったら死ななくてはならないとしたら、いわゆる超高齢社会の問題のあらかたは片が付くとは思いませんか?


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かし、実際にはそんな恐ろしいことを言う人はいません。きっと、何らかの価値を見いだしてくれているからだと信じます。

方、福島の原発騒動のとき、強い放射線を将来ある方々が浴びるのは理不尽だ。すぐに症状が出るのでなければ、おっさん達の世代が行けば良いのでは無いかと真剣に思いました。

考えると、社会としては、予備力としての存在価値はあるのかも知れません。でもやっぱり、個人の「おっさん」として「生きるってなんなんでしょうね?」に関する解答にはなっていないように感じます。

っと、回答は宗教の中にしかないのでしょうが、またまた、書いているうちにフッと思っちゃいました。

生きるってなんなんでしょうね?」って考えたって、解答が見つからないなら、「生きている」という事実に着目して、どうせ「生きている」のなら、やりたいことをやって楽しく、おっさんらしく生きれば良いにでは無いかと。結局、こんな結論が出てしまいました。

レっ、でも、行きたいように生きたら、『老害』っていわれるような気がする…
歳を取って「生きる」って難しいですね。皆さんは、どう感じられますか?










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